別に理系院卒として就職したからといって、会社でラグランジアンから運動方程式の導出とか、摂動論による散乱弾面積の計算とか、一次元イジングモデルの解析とかなんかをするわけではなくて、じゃあ理系の大学ってなんで必要なんだ?
だから、もっと理系の最大公約数みたいな部分に意義があるのだろう。簡単なことからいえば、危なそうな薬品は水道に流さないとか、電化製品から出荷してる時に水で消化しようとしたら危ないとか、メスシリンダーなどの計量器は内側を傷つけると内容量が僅かに増加してしまうから硬いブラシで擦らないみたいな、そういったリテラシーを持っていることが重要なのではないかと考えるようになった。
そうなると、今の理系へのハードルの高さ……特に数学への苦手意識に由来するものって無駄すぎる。別に、複素平面上で描かれる軌跡を、斜軸回転体の体積を求められなくなって数学や物理をやりに大学に行ったって良いと思うようになった。数Ⅲが入試科目にないということは、入学後にしっかり教えてくれるってことなんだろう(違ったらこの話は無かったことにして殺します) 。別に高校時代にそれらがわからなくたって、時間が経ったり、教え方が変われば理解できることだって十二分にある。数学がいわば理系への足切りとして機能してしまっているのは、明確に不利益だと感じる。
しかし、理系へのハードルの高さの原因は数学だけでなく、文理選択などという仰々しい行事のせいでもあるだろう。まだ何をやりたいかも定まらない時期に、親のハンコが必要な書類を提出させ、クラスという形で明確に区別する。やりすぎ。別に数Ⅲをやらなくったって理系学部に進めたとしても、文系クラスからわざわざ理系学部に進学しようとする生徒は少ないのではないか。なぜなら文系クラスに所属している、つまり早い段階で周りに理系が居なくなってしまうから。周囲に理系の人間が一定数いたら、後から理系に興味を持つこともあるんじゃないかと思う。だから、もう文系理系って区別をやめませんか?
時間割の違いくらいでクラスまで分けなくたって、移動教室を織り交ぜて工夫すれば何とかなると思うんだよね。実際、俺の高校は生物選択が少なすぎて物理のクラスと混ざってて、理科の時間だけ教室移動ってことがあった。まあこればっかやってると教員の負担は間違いなく増えるだろうが……。
理系を増やしたいから入試方式を緩和するという施策に部分的には納得してきたけど、高校教育もセットで改革するべきだよねという話でした。