祖母が自宅で倒れてて救急搬送されたらしい。
明日合格発表でもともとメンタルがやられていたのに、本当にしんどい。
いやまあ別に今日明日死ぬって話ではないんだろうけど。
家で夕飯を食べはじめてすぐ、母親のとこに電話がかかってきた。話口ですぐにわかったが、相手は祖母の中学以来の友達(←本当にすごい)だった。どうやら少し前から何度か電話をかけているらしいが、繋がらないという。
実際に母からも電話をかけてみても出なかったので、渋々母親が一人で車に乗って実家に向かった。車で20分弱くらいの場所にあるのだが、まあ帰りが遅いのでなんかもうずっと嫌な予感はしていたが、先ほど状況説明のLINEがきた。
元々俺が物心ついた時から心臓が悪くて、幼ながらにまあなんかすぐ死ぬんだろうなみたいなことを思っていたのを覚えている。別にすぐではなかったが、やっぱりなんか心臓まわりのあれこれで最近ずっと体調が悪かったらしく、最近手術を受けていたらしいし、それとは別の手術の予定もあった。正直身内が弱っている話なんか全く聞きたくないので、母親からのそういう話はあんまりちゃんと聞いていなかったから、あんまりわからない。
少なくとも正月の時は元気そうだったのを覚えているが、いつから調子をおかしくしたか思い返してみれば、祖母の弟がガンだったという報せを受けた時あたりからのような気がする。どうやら、「数年前からガンだった。もう先は長くないが、情けない姿は見せたくないので見舞いには来ないでほしい」みたいな内容がわざわざ手書きの手紙で送られてきたらしい。やばすぎる。もともと娘(俺の叔母)がガンだったりで、心労が祟ったんだろうなあと思う。
病状がどんなもんかは知らないが、一週間ほど前、あまりに弱っているのを見かねた母がウチで祖母の面倒を見ていた(といっても、別に介護というレベルではなくて、家事をする必要性をなくすみたいな意味合い)とき、いつもは本当にうるさい祖母が黙って机に突っ伏してるのを見て、こんなに弱っていたのかと心底ショックだった。(そして、そんな祖母を家に帰してすぐこうなってしまったことに、母親が責任を感じそうなのも辛い)
祖父が亡くなった時のことを思い出す。俺が小五の頃で、その前年くらいに珍しめの胃ガンが原因で胃を全摘していたのだが、もともと異様に寡黙な人(あたしンチのお父さんのレベル)だったのと、そもそも俺が子供だったから、どれだけ弱っているかとかは全くわからなかった。ずっと入院していたのだが、いつからか自宅療養に切り替えていて、自宅で祖母と叔母に看取られた。
今思えば、自宅療養に切り替えた時点でそういうことだったよなと思う。だけど、訃報を受けた当時は本当に驚いた。
先代の猫が死んだ時のことを思い出す。猫好きの俺たち兄妹のために、血統書付きのアメショーを叔母が知り合いのブリーダーから貰ってきてくれた。血統書付きというのは儚いもので、4歳で死んだ。様子がおかしくなって病院に連れて行って、1日か2日だった。
アメショーにはよくある血栓症で、どういう説明を受けたのかは覚えていないが、診断結果を伝えられてすぐに、もうダメなんだと直感していたような気がする。それもあって、息を引き取った時にあまりショックを受けなかった。それが本当に申し訳なくて、今飼っている猫を撫でている時とかにも、たまに思い出してしまう。
もういつ死んでもおかしくないとわかってしまうのは辛い。覚悟ができてしまうのが嫌だ。自分がその命を諦めたように感じてしまうから。